忍者ブログ
とりあえず細々 話題はカオス 混ぜるな危険、を平気で混ぜます
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 引越し前からやっていたジルオール30お題、一時期前サイトブログにもうpしていたものですが(笑)



15、アミラル


海風が頬を撫でてゆく感触が心地よい。仰ぐ蒼穹は、そのまま吸い込まれてしまいそうな程に高く、海風に耳を澄ませれば遠く彼方、南方エルズの風の声が聞こえるかのようだ。
徒歩でゆっくり歩いたとしても、故郷ノーブルからは一週間もあればたどり着けるのに、リズはアミラルを訪れるのは人生で初めての経験だった。
なんにしても、まずこの町の空間の広さといったらなかった、それは物理的な側面ではない。現に先ほどまで一緒にいた筈の弟の姿は何処へやら。
リズは浅く喉を鳴らした。なんとも愉快な気分にさせてくれる町だこと。人の気も知らないでさ。
元から陽気で前向きな弟はきっと一目散に港にでも向かったのか、波止場ではしゃいでいるのか。流石にリズは弟ほど楽観的にはなれなかったけれど、ともかくも故郷にいた頃の憂鬱さとは比べ物にならない開放感に、心が軽くなっている実感はあった。

彼女の感じる開放感は、ここアミラルが港町である事に関わりがないでもない。
海運業と漁業で成り立つアミラルは、今でこそロストール直轄地であり、そうなった背後には様々な政治的な陰謀劇があるにせよ、そのような事をいちいち気にしているような住人はいない。彼らは何より、その日を生きる事に忠実で、どん欲だった。
早朝より揚がった魚介類を売りさばき儲けを得る為に声を張り上げるたくましい中年婦人だとか、運搬物資をいち早く運ぶ事に精を出す若いボルダン族だと か、高級なノーブル産の毛織物を潮風で傷められては困るとまくしたてる恰幅の良い商人は、何より己のために生きているように、少女には見えた。その強かさ は、自由都市リベルダムに生きる人々に通じる強さで、自由さだとも、思った。
もっとも少女―リズはかの大陸一の商業都市を訪れた事はない。風の噂に聞くほどだ。
けれども、右を見ても左を見ても俯き他人の顔色を伺うばかりの住人に囲まれて育ったリズは、外国の様々な都市の話を聞くのが大好きだった。中でもディン ガル帝国の首都エンシャンとの華やかさ、リベルダムの猥雑さと様々なうわさ話は、日常を窮屈に感じていた少女にはたいそう魅力的に聞こた。幼かったリズは、唯一自由を許された想像力でもってして、子供の夢に彩られたきらびやかな都会を夢見ていた。
しかしまさか、故郷からたいした距離もない場所に、まるで幼い頃に描いていた夢物語が、現実に、そこに存在しているとは、一体昔の己は想像しただろうか。
リズは海王の雄大なる姿を奉る像の前に立ち、その偉大なる統治者の佇まいを眺め上げてから、小麦色に焼けた顔を、ほころばせた。ああ、それならばドラゴン祭りってのも、見てみたかったね。

「ねえちゃん、ねえちゃん、ドラゴン祭りだってよー」

案の定というか何というか。太陽が西の水平線の彼方に傾きかける時分になり、ようやく戻った弟は、なんだかよくわからない品物を両手に沢山持っていたの だが、姉の姿を見つけるや否や駆け寄り、その言葉を口にした。年齢の割に幼く見える顔つきが、さらに子供っぽくなっている。
リズは、人の悪い笑みを浮かべて弟を軽く小突く。
「言うと思った。でも残念だったね、祭りにはまだひと月はあるっていうし、そのドラゴン自体が捕まらないって言うよ」
「じゃあ俺たちで捕まえよう!」
姉としては釘を刺したつもりだったのだが、そんな彼女の内心などはまるで意に介するつもりがないのか、チャカは黒い目をキラキラと輝かせながら即答する。リズの表情があきれっぱなしのそれに変化しても、お構いなしだ。大げさなため息をついて大げさな仕草で肩をすくめてみせても、弟のきらきらと輝く黒い双眸の光は全く変化なし。
「………だから話、聞いてなかったのかい?祭りのパレードで必要なシルバードラゴンが捕まんないんだって、言ったじゃないか」
「いやだから、それを俺と姉ちゃんで捕まえるんだって!」
「この、バカ!」
あまりに考えなしな上に現実味のないことばかりまくりたてる弟には、容赦なく鉄拳制裁を下すことで黙らせた。
その上、まったく必要もなさそうなも のばかり無駄に買い込んだ罰として、チャカの抱えている荷物の中から小魚の干物を失敬してほおばった。なんだか香辛料の味がややキツいが、それでも口の中に広がる風味や舌触りなどは、実に美味だ。携帯にはもってこいかもしれない。
「………てイテーーー!姉ちゃん!こんな往来の真ん中で強烈な愛情表現はねーだろーー」
「あのね、駆け出し冒険者のあたしらに、そんなたいそうな仕事が出来るなんて本気で思ってんのかい?」
「え、できんじゃねーの?ていうか、なんで姉ちゃんそんな詳しいの?」
弟の思いがけない反撃に、リズは言葉につまり、うっと小さくうめく。さらに、年頃の娘には相応しくない鼻息の荒さで拳を振り上げる。思わずチャカは怯んだ。もう殆ど条件反射だ。
だがその拳は弟の脳天を見舞う事はなく、その手荷物に無遠慮にのびると、検分するような素振りを見せたあとに今度は未だ香ばしさを残す焼き菓子にのびた。
「………あれだねえ、ここの食べ物は、みんな味付けが濃いね」
だいたい、情報集めに行ったくせになんだってこんな食い物ばっか買い込んでくるんだろうねこの子は。リズは渋面で弟を睨むのだが、その実自分自身も目的 の遂行よりは、アミラルの潮風を満喫していたのでこれ以上の制裁をするつもりなどは毛頭ない。まして、シルバードラゴンの数が激減し、捕獲がままならぬと いう話を聞いて真っ先に冒険者ギルドに駆け込んだ、などとはこの弟には口が裂けても言えなかった。
「あ、ちょ、ねえちゃん、それ俺の!」
「何言ってんだい、こんなにしこたま買い込んじゃってさ。どうせ一人じゃ食いきれないんだろ?」
通りには大いに食欲をそそる匂いがそこかしこから漂ってくる。喧噪も、昼間のそれとは質が変わってきた。人でごったがえしている割に、こうして通りを歩 いていると、自ずと背骨は天へ向かおうとすっと伸びる。少なくとも、故郷にいた頃の圧迫感は微塵もここには存在してない。
王都ロストールとも違う猥雑な喧噪の熱に浮かされたのか、リズとチャカの二人の新米冒険者は、通りを行き交う雑多な人々の中に揉まれ、それでも一時の自由な空気を満喫していた。
PR
 HOME | 76  75  74  72  71  69  65  64  60  59  53 
忍者ブログ [PR]